札幌地方裁判所室蘭支部 昭和33年(わ)7号 判決 1958年5月29日
被告人 加藤明
主文
被告人を禁錮壱年および罰金参千円に処する。
被告人が右の罰金を完納出来ない場合には金五百円を一日の割金に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人は昭和二十六年六月に自動三輪車の、次いで同二十七年十月に自動二輪車の、更に同三十年三月普通自動車の各運転免許を取得し、同三十二年十一月一日頃から幌別郡幌別町字本町木材業中畑潤一郎方の自動車運転者となり、普通貨物自動車の運転業務に従事していた者であるが同月六日午前八時三十分頃同人所有の普通貨物自動車(室は〇六四二号)に石材約五屯を積載運転し時速約三十粁にて同郡同町字登別町より有珠郡伊達町に赴く途中幌別郡幌別町字本町百四十二番地先乗合自動車停留所附近に差蒐つた際進路前方約五米の右停留所に対向して来た乗合自動車が一台停車したのを認めその左側を通過しようとしたのであるが当時被告人の運転していた右貨物自動車の制動機は故障しており完全な制動の機能を喪失しており、道路における交通に危険を及ぼす虞れあるにも拘らず右自動車を前記の如く運転操縦し来り右停留所附近は人家櫛比し且つ国鉄幌別駅にも近く人車の交通頻繁な場所で幅員約十米位の狭隘な道路であり道路の両側の人家は商店や理髪店等があり、前記の如く乗合自動車が停車しており、通行人等が被告人の操縦する自動車の進行に気付かず不用意に乗合自動車の前方又は後方より道路を横断しようとして被告人の進路の前面に進出する虞が多分にあつたのであるからかかる場合自動車の運転者は自己の自動車の制動機を修理し制動機能を完全にして後初めて之を運転の用に供すべきことは勿論警音器を充分吹鳴して警告を与え、適宜減速徐行した上、乗合自動車の前後その他進路の前方及び側方に注意し若し前記の如く不用意な行動に出てくる者があつても直ちに停車してこれを避譲しうるよう減速その他の警戒措置を講じつつ進行する等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず之を怠り、制動機の機能が不完全なことを承知しながらそのまま運転し、警音器の吹鳴による警告も発せず且つ減速徐行することなく、手を携えて漫然進行を継続するという過失によつて、吉岡よう子(当時六歳)および田上淑子(当時六歳)の両名が前記乗合自動車の後方右側から左側え該道路を横断しようとして被告人の進路前面に進出し来りたるに気付かず同女らとの間約五米の至近距離に迫つて初めてこれを発見し直ちにハンドルを左に切ると同時に急停車の措置を講じたが及ばず遂に前記貨物自動車の右前車輪のフエンダー附近を右両女に激突させて路上に転倒させ且つ吉岡よう子の頭部腹部等を被告人の自動車の後車輪にて轢圧し、よつて、(一)右吉岡よう子をして頭蓋骨粉砕等によりその場で即死するに到らしめ(二)右田上淑子に対し治療約十日間を要する顔面部挫傷鼻根部挫創等の傷害を負わしめ、
第二、判示第一の交通事犯により被告人は昭和三十三年二月十日札幌方面公安委員会より八十日間の運転停止処分を受け同日より同年四月三十日迄法令に定められた普通貨物自動車運転の資格が無いのに拘らず同年四月八日午後四時二十分頃有珠郡伊達町字上長流より有珠郡伊達町字山下町百六十七番地附近まで(合計約五粁以上)を普通貨物自動車(室一は一三四一号)を運転して無謀操縦をなし、
第三、被告人は同年同月同日午後四時四十分頃前記普通貨物自動車を運転して同郡伊達町字山下町百六十七番地今田和正方附近に到り同人方前道路上に停車して約四分間位右今田和正と右自動車の運転台にて雑談した後同所を発車したものであるが同所は伊達町の国鉄伊達紋別駅に通ずる街路でありこの街路の両側には商店ならびに一般住宅密集し人家の多い地域で通行人も比較的多く幼児等も街路上又はその近辺に立出でたり路上に停車せる自動車等の附近に来り、好寄心等より自動車の車体附近に近寄り居る虞れの充分ある場所であつたから、斯様な場所に停車した後そこを出発する自動車の運転者としては、出発前自動車の前後左右を注視点検し自動車の周囲等に近寄り又は遊戯等をしている幼児等の有無等を確認し、もしそのまま発車するにおいては右の如き幼児乃至人車に不測の危険を生ぜしめる虞なきやを明認したる上発車すべく、その際右の如き幼児等の存在を確認すればこれを安全な場所に退避せしめるべき措置を講ずるべく、あらかじめ警音器を吹鳴して警告を与えることは勿論運転者又は同乗者等が一且下車し当該車体の周囲の状況を充分点検し安全に発車し得ることを確認してから進行を開始する等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、被告人は如上の注意義務を怠り、停車したる際より発車する迄の間終始運転台上に居り前記今田和正と運転台にて談話したる後発車に際しては右運転台上より前面を見たのみでその左右後方等の状態については何等顧慮をなさず又、警音器の吹鳴もなさず、漫然進行を開始し出発したため、右貨物自動車の停車中に同車附近に居合せた幼児今田修一(当時四歳)が停車している被告人の自動車の左後車輪附近に進出し、そこにおいて遊戯していたことに気付かず右自動車の左後車輪にて同児の頭部を轢圧しよつて同児をして頭蓋骨々折脳内出血等のためその場において即死するに到らしめ
たものである。
(情状としての犯歴)(略)
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為中、制動装置が不完全な自動車を運転した点は道路交通取締法施行令第十七条第九号第七十二条第一号に、被害者吉岡よう子に致死の結果を生ぜしめた点と被害者田上淑子に傷害の結果を生ぜしめた点は各刑法第二百十一条前段に、判示第二の無資格運転の点は道路交通取締法第七条第一項第二項第二号第九条第一項第五項第二十八条第一号に、判示第三の今田修一に致死の結果を生ぜしめた点は刑法第二百十一条前段に、又罰金科料については罰金等臨時措置法第二条第三条に、それぞれ該当し以上の内、判示第一の業務上過失致死と業務上過失傷害とは観念的競合(一所為数法)の関係であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により犯情重き業務上過失致死の罪の刑に従い所定刑中有期禁錮刑を選択し、又爾余の各所為中判示第一の制動装置の不完全な自動車を運転した点については所定刑中罰金刑を、判示第二の運転免許停止中に運転した点については所定刑中懲役刑を、判示第三の今田修一を轢殺した点については所定刑中禁錮刑を、各選択し、以上と判示第一の業務上過失致死の点とはいずれも刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条によつて最も重き判示第一の業務上過失致死の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲と、判示第一の不完全制動装置の車を運転した点について選択した罰金刑について所定罰金額の範囲とにおいて、刑法第四十八条によつて以上の両刑を併加し、被告人を禁錮一年および罰金三千円に処する。なお刑法第十八条によつて被告人が右の罰金を完納出来ない場合には金五百円を一日の割合に換算した期間右の被告人を労役場に留置する。
訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項によつて全部これを被告人の負担とする。
(量刑について)
本件被告人には前掲の如く、従前交通違反により合計四回に及ぶ処罰を受けた前歴あり、就中昭和三十一年三月二十三日室蘭簡易裁判所において業務上過失致死罪につき処罰せられた際の事故について、前示略式命令の認定事実によれば本件判示第一の業務上過失致死の場合と同様幼児を死亡せしめた事犯であり、且又、本件判示第一の事犯によつて被告人は公安委員会より運転停止処分を受け、右事犯は当裁判所において公判に係属し、当時現場検証や証人尋問等の審理を進行しをりたる矢先にして、被告人としては運転資格を停止されていたのであるから自動車運転をなし得ないことは充分心得てをり被告人としては再三の違反に鑑み、戒心し慎重なる行動をとるべきことは当然の事理と言うべき時に当たり判示第二同第三の事犯に出でたもので前掲各証拠によれば当日は有資格の運転手の助手台に乗り幌別から黄金(こがね)を経て壮瞥(そうべつ)に赴き薪を積んで上長流(かみおさる)に至り、そこに積荷を下ろした後、運転手等が休養したので被告人が単独にて前記自動車を空車のまま運転して伊達町に赴いたもので、その際何等緊急の用務等があつたわけでもなく、この点前掲証拠の中、被告人の司法警察員に対する同年四月十二日付供述調書第五項によれば「一回目の交通事故には行政処分がありませんでしたが二回目の方は事件が未済ですが本年二月十日より八十日間の行政処分でそれ迄は組のトラックの運転手として働いていたのですが以後同僚の塚本運転手の助手として乗つて車の面倒や積荷(丸太)の手伝いをして働いて来たもので同組は昨年秋より伊達町黄金の奥で造材に着手しているのでそこより丸太を或は幌別へ、又は室蘭へと運搬していますので幌別よりこつちに出かけて来ていたもので今回事故を起した昨四月八日は朝七時頃幌別を出発しましたが前夜は拾時頃就床起床六時だから寝不足ということもなく、塚本君の助手席に乗つて黄金の山にはいり薪を積んで上長流(かみおさる)に二台他の一台はやはり同組(田中運転手)のもので、あそこ迄行つたら、塚本君が腹工合がわるいとて休んだので皆そこで降りて、休養中、私はこつちにながく居たので誰にことわりもなしに、どうせあとより来ると思い、室一は一三四一号に一人残つてあそこを出発したのが昨八日午後四時二十分すぎ頃と思つておりますが、同乗者なく真直ぐに幌別へ帰るつもりでありましたが、こつちに来るに従つて山下町今田肥料店主と前の事故で幌別で世話になつたことに思いついて御礼に立ちよるべく云々」と記載せられている如く、単独にて運転を開始するに至つたもので、その法規を遵守する意識において極めて遺憾の念を禁じえないものがあるのみならず、幼児の貴重な生命をたつこと再度に及び更に他の一名の身体を傷害している等、以上諸般の情況と情状にかえりみ、本件に対する検察官の求刑禁錮八月を検討するに、当裁判所の近時言渡せる他の同種事犯の量刑とも対比するに右はいささか軽き感あり、よつて右の求刑よりも重い禁錮一年の刑を量定する。
以上によつて主文のように判決する。
(裁判官 藤本孝夫)